東京大学名誉教授
TRONイネーブルウェア研究会会長
近年、地震や豪雨による大規模災害が頻発する中、災害弱者と呼ばれる高齢者や障碍者の方々への情報提供は依然として大きな課題となっている。特に従来の画一的な情報発信では、視覚・聴覚障碍者や外国人居住者など、情報弱者への適切な情報伝達が困難であった。
しかし、昨今飛躍的な進歩を遂げている生成AI技術は、この課題を解決する大きな可能性を秘めている。例えば、災害情報を個々人の理解しやすい形に自動で変換したり、刻々と変化する状況を自然な言葉で説明したりすることが可能になる。視覚障碍者向けには、カメラやセンサーで得られた周辺状況を的確な言葉で説明し、聴覚障碍者に対しては音声情報をリアルタイムでテキスト化して伝えることができる。
さらに、発災直後の緊急情報提供に留まらず、避難所生活における様々な場面でも生成AIの活用が期待できる。例えば、個々の障碍の特性に応じた生活上のアドバイスを提供したり、周囲の人々に対して障碍者との適切な関わり方のヒントを示したりすることが可能だ。避難所という非日常的な環境下でこそ、AIによるきめ細かな情報支援が真価を発揮する。
生成AI技術の特徴は、単なる情報の変換や翻訳に留まらない、状況に応じた適切な情報の生成にある。例えば、避難所でのコミュニケーションにおいて、文化的背景の異なる外国人に対して適切な表現で情報を伝えたり、障碍の種類や程度、避難所の混雑状況や設備の状態といったコンテクストに応じて情報の粒度や提供方法を最適化したりすることができる。
本講演では、このような生成AI技術の可能性と、それを災害時の情報バリアフリーに活用するための具体的なアプローチを示したい。技術の進歩が切り拓く、すべての人が必要な情報に適切にアクセスできる社会の実現に向けた展望を描いていく。